竹取異聞 殺生石
オレの名前はさかきのみやつこっていう。
野原や山に行って取ってきた竹を細工したのを売って食ってたんだ。
うん。三ヶ月くらい前までは、そんな毎日だった。
一人暮らしだったから、結構身軽で、でも、金はないから嫁の来てはない。十七になる男がそんなじゃ、やっぱ、甲斐性無しって言われても、文句言えないよなぁ。でもさ、オレは、そんな毎日が気に入ってたんだ。
あの竹を見つけるまで。
竹の節の中で眠ってた男の赤ん坊を見つけるまでは。
見つけたせいで、オレの人生は、がらっと変わっちまった。
うん。
竹の節がひかってたから、かぐやって名前をつけたその赤ん坊を家に連れて帰ってから、オレは、金と縁があるようになったんだ。
嬉しい悲鳴を上げるくらい、金が入ってくる。おかげで、おんぼろだった家をでっかい立派な家に建て替えたんだけど、まだ一生遊んで暮らせるだろうってくらい、金がうなってる。
これって、やっぱ、かぐやを拾ったからなんだろうなぁ。
「おま………育ったなぁ…………」
竹の中に見つけたときは、ほんと可愛らしくてさ、どんなに成長すっかなとか、楽しみにしてたんだぜ。
それが………たった三ヶ月でここまででかくなっちまうなんて。おまえは、犬猫なみかっ! って、突っ込みたいけど、眼つきが怖いので、やめておこう。どうせ、オレってばへたれだよ。
日一日でかくなってるなぁとは思ってたんだけど、三ヶ月で、オレの歳を追い越しちまって、立派なおっさん――になるなんて、詐欺だよな。
こいつの今の外見、四十くらいかな。
それも、厳つい顔した、押し出し満点――のだ。
こんなん、予想外過ぎだって思ってみても、今更仕方がないけど。それに、三日飼っちまえば――――って言うしなぁ。
三ヶ月面倒見てきたんだから、オレだって、しっかり愛着がわいちまってる。
たとえ、強面の、おっさんだろうとだ。
要らない――って、ポイ捨てできるわけもないんだよな。
朝の挨拶しとくかと、昨日までの青年からおっさんに一気に枯れ(?)ちまってるかぐや相手に腰ぬかしちまったオレを見下ろして、当の本人は、
「さかきのみやつこ。これまで、面倒をかけた」
って、言うわけよ。でもな、偉そうに踏ん反り返って言われてもな。
「私は、月の世界の者。帝に逆らった罰として、ここに堕とされたのだ」
へー。
ほー。
ふ〜ん。
現実感なさ過ぎだぞと喚きたかったけどな。よく考えてみれば、三ヶ月で急成長を遂げたこいつを見てるからなぁ。
赤ん坊に戻して、ここに堕とす。誰かに拾われればよし、拾われなければ野垂れ死に。考えてみれば、ひでー罰かもしれない。
「次の満月に、私を迎えに使者が来る」
でも、帝に逆らっといて、三ヶ月で許されるのか? とか思ってると、
「三ヶ月でもとの姿に戻ったのは、同士のおかげだ。本格的に帝に狼煙を上げるために同士が迎えを寄越す」
いや、まぁ、オレに関係のない世界のことだから、口はさめねーけど。
「あんま、ムチャやらかすなよな」
ムチャすぎるだろ! という突っ込みはこの際置いておこう。
「心配してくれるのか」
「当然だろ」
三ヶ月とはいえ、面倒を見た相手が危ない目に遭うのは、やっぱ寝醒めが悪ぃからな。
「そうか―――」
かぐやの口の端が、じんわりと持ち上がったような気がした。
そうして、あっという間に次の満月の夜が来たんだ。
オレは、縁側から、空を見上げてた。
壮年の強面のおじさんなかぐやが、隣には立っている。
十五夜が中天に懸かるころ、周囲がぱあっと照り輝いた。
オレは思わず目を庇ってた。
気がつけば、天駆ける牛車が目の前に下りてきていた。
それを見てたら、辛くなっちまった。
またひとりかと思えば、しかたがない。
やっぱり、独り暮らしって、淋しいしなぁ。
オレは、別れに耐えられるようにって、腹に力を込めたんだ。
やがて、牛車がうちの庭に降りた。
牛車に従ってた天女みたいな女の人と男の人が、手に何かを持って、かぐやに近づいてくる。
女の人が、かぐやに何かを捧げるように差し出した。
かぐやがそれに手を伸ばす。
次に、男の人が持ってきたものを取り上げると、オレに投げて寄越したんだ。
「?」
かぐやを見上げると、
「これは、おまえにだ」
と言う。
反射的に差し出してた掌に、かぐやがポトンと落としたのは、薬の包みのようなものだった。
「飲め」
いや。わけのわからんもんを、飲めと言われて飲むやつはいないと思う。
「なんだ、これ」
「何でもいい。飲むんだ」
「だから」
オレがなおもなんだと訊ねようとした時、焦れたかぐやのヤツが、オレの手から薬包をふんだくるように取った。
「ちょ……まてって」
中から取り出した丸薬を、かぐやは自分の口の中に放り込んだ。
んでもって、口移しで飲ませやがったんだ。
くそっ。
手の甲で、かぐやのくちびるの感触を拭う。
口の中に広がった薬の苦さよりも、そっちのほうが、びっくりだったんだ。
女の子とだってまだだっつーのに。
いーんだ。
ひとりになったら、嫁さんでももらおう。金もできたから、嫁の来てもあるだろうしな。
けど、そんなことを考えてられたのは、少しの間だけだった。
「あれ?」
オレは、オレの周りがぐるぐる回ってるのに気がついた。
オレを見下ろしてくるかぐやの顔が、にやりと、魔的に笑ってる。
立ってられなくなったオレは、そのままかぐやに抱きとられて、そうして、意識は途切れた。
そうして―――――
オレは、今、どこにいるんだろう?
どこかの洞窟の奥で、オレは、半分意識があるようなないような、不安定な状況で空を見上げている。
オレの周りは、透明な玻璃みたいなもので囲まれていて、からだは動かない。
オレは、仰向けに寝かされていて、天井に開いている穴から、目が覚めたような時には、空を見上げるばかりだった。
空には、いつも、月がある。
月。
かぐやが帰って行った世界だ。
多分、あいつは、あそこで、闘っているんだろう。
意識が途切れる寸前、あいつがオレの耳もとにささやいたことばを思い出す。
――――片がつけば、迎えに来よう。
それは、いつのことなのか。
だいたい、片がつくのはいいけど、あいつが勝つとは限らないだろ。
オレは、いったいいつまで、こうしていないといけないんだろう。
――――それまで、おまえは、眠りの中で待っているがいい。
待っていて、それから?
それから、オレは、どうなるんだ?
それを考えると不安でならなくなって、オレは、目を閉じるんだ。
動けないオレにできるのは、それだけだからな。
オレが、ここにいるようになって、どれくらいの時間が流れたのか。
オレの周りには、たくさんの白い骨が、転がっている。
小動物から、ひとまで。
生きものが、骨になるくらいの時間、オレは、ここにいるわけだ。
オレに近づいたものは、問答無用で、死んでった。
まるで、どこかの国にあるという、殺生石さながらだ。
目の端に映る白いものを見ないようにしながら、オレは、いつものように空を見上げていた。
クソッ!
わけのわかんねーもんを拾うんじゃなかった。
忌々しく思いながら、オレは、目を閉じようとした。
その時だ。
かすかな音が、耳に届いた気がした。
誰かが、ここに入ってきた。
いったい誰なんだろう。
あいつなのか。
それとも、ぜんぜん知らないヤツか。
オレは、月明かりの中に、目を凝らす。
今度こそ、生きものの苦しみもがくさまを見なくてすむように。
オレは、それが、かぐやであることを望んでいた。
この状態が早く終わりを迎えるように、オレはただ、かぐやの迎えを、祈りつづけるのだった。
おわり
up 21:33:22 2008 11 01
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