その二 遙
瞼をもたげる。
見えるのは、ただ、闇ばかり。
かすかに、矩形をかたどった明かりが見えることもあれば、漆黒のこともある。おそらくは、陽射しが入っている時もあるのだろう。
しかし、私は頑なに、陽射しを、明かりを拒んだ。
ひとの気配を、感じる。
あれが来たのか――と、無様に全身が強張った。
心臓が引き攣れたように、悲鳴をあげる。
私の血を啜る、何人目になるのか、もはやわからなくなった、人間の男。
首に喰らいつかれるあの怖気には、どうしても、慣れることができない。
私の皮膚を噛み破り、血管を傷つけ、流れ出す血を、心ゆくまで啜る、人間たち。
おそらくは、私の血を万能の薬と、信じているのだろうが。
嘲ることは、簡単だ。しかし、この身は、私が嘲る人間に囚われている。
ああ………。
私はいったい、いつから、こうして閉ざされつづけているのだろう。
私は、なにものなのか。
竜――と、呼ばれることはあっても、それは、私の本質ではない。もとより、名前ですら、ない。
一番古い記憶を掘り起こそうと試みるも、もはや、白い霧の彼方に、ぼんやりとした断片が浮かぶばかりだ。
ただ、ずっと、なにかから逃れ、捕らえられる――その繰り返しだったような、そんな、朧な記憶はある。
だから、この瞼を開けるのも、まれのこと。
そう――――
私は、疲れ果てていた。
飽きていたのだ。
なにに?
逃げることに。
囚われることに。
なによりも、存在することそのものに。
だから、血を啜られることを恐れながらも、逃げることを放棄していた。
なにかの罰のような、最悪の連環は、もう、いい。
ただ、流れに任せて、その果てに、朽ちることができるなら、それで、かまいはしない。
私がなにものであろうと、竜であろうとなかろうと、朽ちることを夢見ているだけなら、関係はない。
そう。
うつらうつらと、ただ、夢に漂い最後の日を夢に見る。
永劫の、静寂を。
永遠の、安息を。
私の望みは、もはや、それだけだったのだ。
まばゆい―――
瞼を通しても感じるまばゆさに、私は、かすかに目を開けた。
私を覗き込んでいる、褐色のまなざし。
――――番人が代わったのか。
まだ幼さの残る顔立ちの少年の瞳には、これまで私が見たことのない、何か心をざわめかせる色が、宿っているように見えた。
どうでもいいことだ。そう思った私が再びまどろみの淵を逍遥していると、何か重いものが倒れたような音を、聞いた。
もう一度目を開くと、先ほどの少年が、私のすぐ側に、倒れているのが見えた。
どうでもいい。
もう一度眠ろうとした私の脳裏を、見たばかりの少年のまなざしが、よぎって消えた。
頬を、冷たい風が、撫でて去った。
人間には、冷たい風だ。
死なれでもすれば、また別の人間に眠りを妨げられるに違いない。どたばたと、大勢の人間がやかましく周囲を蠢くのはごめんだった。それくらいなら、限られた人数のほうが、はるかに、ましである。
――この距離なら、手が届くだろう。
私は、少年に手を伸ばし、萎えた手に力を込めて、抱きしめた。
高い体温が、私の冷え切っているからだに、じわり染みてくる。
温かい。
私は、少年を抱え込むようにして、どこかいつもとは違う眠りへと戻っていったのだ。
腹の上に抱え込んだあたたかなからだが、身じろぐ気配があった。
ガチャリと、私の血が練りこまれている鋼の鎖が音をたてる。
私の意識は、目覚めていた。
それでも、この新たな番人がどのような人となりをしているのか知るまでは、うかつに動くまいと、決意していた。
こども特有の高い体温が、薄らいでゆく。
ぐぅと鳴ったのは、少年の腹だろうか。
「やばい。飯食いっぱぐれる」
少年の遠ざかってゆく足音が聞こえなくなった。
私は、知らず、笑っていた。声にはならない笑いに気づいて、私は、自分がまだ笑えることを知ったのだ。
少年が戻ってくるまでの時間を、どれほど長く感じただろう。
少年がいなくなった空間は、今まで以上に寒々としているように感じられた。
ひとのぬくもりが、少しずつ冷めて失せていった。取って代わったのは、しんとした、いたたまれなさ。
自分で自分を信じることができなかった。
少年が戻ってきた途端、この空間が、不思議とあたたかいように感じられた。
閉ざしていたすべての感覚、感情が、解き放たれてしまいそうで、それが、不安で仕方なかった。
どんな少年なのか、まったく未知の相手に、この感情の揺らぎは、あまりにも、危うい。
今に慣れていれば、それでいい。
慣れた環境を、壊すのは、不安だった。
受け入れてはいけない。
私の望みは、朽ちることだけなのだ。
そう。
なにものにも犯されない、存在の消滅。
それだけを心の拠り所に、まどろんでいなければならない。
そうでなければ。
そうしなければ、私は………。
必死になって、私は、蠢く感情を、硬く閉ざしたのだ。
少年の私に対する接しかたは、これまでのどんな人間よりも、穏やかなものだった。
これまで、どんな人間にも反応することがなかった私の心が、たったひとりの少年に、あまりにもあっけなく、傾きはじめていた。
頑なに瞼を閉ざし意識を閉ざした私の上半身を、その膝に抱き上げ、蜜や水を流し込む。そっと髪に触れてくる感触や、身なりを整えるために触れてくる手の動き。
それらを無視しつづけることは、じりじりと内臓がよじれるような、落ち着かなさを私に覚えさせた。
苦しい。
どうしようもなく。
もどかしい。
それでも、私は、少年を無視しつづけたのだ。
それが、徒労に終わったのは、ある、寒い夜のことだった。
いつもよりも冷える――ぼんやりと思っていた。
人間は震えていることだろう。
食事も寝る前の身づくろいも、少年の手で済まされていた。
もう、彼も、眠るだろう。
ぢりぢりと燃える魚油の灯が、瞼越しに見えていた。
あれが消えれば、少年は、眠る。
少年の習慣など、疾うに覚えてしまった。
意識しないようにと思えば思うほど、少年の行動に、私は意識を研ぎ澄ましていた。
ふっと、灯が消えた。
ああ、眠るのだな。
そう思って、私が寝返りを打った時だった。
ふいに、私を、あたたかな空気が取り囲んだ。
疑問を感じるまでもなかった。
少年の体温が、私の背中を覆い、ふわりと、少年の匂いが、私を包み込んだのだ。
思いもよらない出来事に、私の全身が無様に凝りつく。
私は、少年の吐息を耳元で感じながら、その夜、ついに、眠ることはできなかったのである。
背中に少年の吐息と体温とを感じながら、まんじりもせずに、朝を迎えた。
起こしてしまいそうで、身じろぐことを控えていたが、さすがに、からだが、痛い。そっと、少年を起こさないように、寝返りをうった。
寝返りひとつうつのに、かなりな覚悟がいる。
からだが、ひどく鈍って(なまって)いるのを意識した。今までそんなこと、考えもしなかったのだが………。なぜだかこの少年は、その存在だけで私の心を掻き乱すようだ。
少し褐色がかってはねている髪に、触れたい――と、そう思った。
手を、もたげる。
鎖が、枷が、ひどく重い。
やっとのことで触れてみれば、思ったよりも硬い毛質だった。その手触りに、心惹かれた。ずっと、触れていたいと、そう、強く思った。
何度も、少年の髪を飽きることなく撫でた。
そうしているうちに、撫でているだけでは物足りないと感じたのだ。
眠っている少年ではなく、目覚めている少年を見たい。
そんな私の思考が伝わったかのように、少年の瞼がぴくりと動いた。
願いが叶うなどと思ってもいなかった私は、なぜだか、酷く緊張した。
そうして、強張りついた私の視線の先で、少年は、ぼんやりと、うつろな視線をさまよわせたのだ。
黒い瞳孔が、私を捉えた刹那、凝固した。
途端、少年は飛び起き、そのまま足を掻い巻きにとられて、後ろざまに倒れた。
どすん――と、痛そうな音が、私の鼓膜を震わせた。
「ってぇ……」
少年が、腰をさすりながら、起き上がった。
そうして、私のすぐ傍にしゃがみこむと、
「よお。目が覚めたんだな」
そう言って、私の前髪を掻きあげたのだ。
「飯食ったら、髪切ろうな。起きれるか?」
私の目を覗き込み、ニッと少年が、笑った。
トクン――と、ひとつ、私の心臓が鼓動を刻んだ。
「……………」
起きれない――と、伝えたかった。けれども、私の喉は、麻痺したように、空気を震わせることはなかった。
無様に、ぱくぱくと口が動くだけだった。そんな自分が苛立たしくて、惨めに思えてならなかった。
そんな私を小首を傾げてみていた少年は、
「ず〜っと寝てたんだから、喋れなくてもしかたないよな。ほら、手、こっちに」
と、理解してくれたのだ。
だから、私は、鎖と枷の重みを耐えながら、少年の肩に手を乗せたのだ。そのまま背中に手を回す。そのほうが、私を起こすには楽だろうかと考えたからだった。
「よっと」
掛け声をかけて、少年は、私の上半身を抱き起こし、壁に背凭れかけさせてくれたのだ。
離れてゆく少年に、手を伸ばしかけ、できなかった。しなくて良かったと、すぐに思った。なぜなら、少年は、私の食事を整えてくれただけだったのだ。
清水と、蜜。
木のさじを差し出してくれたが、もう、私の腕は、限界だった。
持ち上がりもしない。
無様だ―――。そう思った時、
「わかった。口、開けてな。食わしてやるから」
あまりにも、私のからだは、鈍ってしまっている。
なぜだか、そのことが、どうしようもなく、腹立たしく、恥ずかしく思えてならなかった。
心騒ぐ、それでいて平和な日々が、あっという間に、流れ去った。
若槻都斎輝――と名乗った少年に、私は、いとも簡単に馴染んでしまっていた。
そうして、その日が、訪れたのだ。
私は、うかつにも、忘れていた。
自分の境遇を、自分がなぜここにいるのかを。
この部屋の落とし戸が、下から押し上げられ、見慣れたふたりが現れるまで、ほんとうに、忘れていた。
侵入者が手にした蝋燭が照らすふたりを見た途端、私の心拍数が、跳ね上がった。
背中にしていた板壁が、消えてくれないかと、本気で願った。もちろん、そんなことが起きるはずがないのは、百も承知の上でだ。
震えるからだを、どうやって抑えればいいのか、私は、わからなくなっていた。
私の恐怖を、とよてるは感じ取ったのだろう。
強張りついたこの部屋の空気。
じりじりと燃える、蝋燭の、炎。
弾かれるように、「やめろ」と叫び、男たちにかかっていったとよてるが、あっけなく振り払われて、床にうずくまる。
助け起こしたかった。
大丈夫なのか、確かめたかった。
しかし、私は、満足に動くことさえできないままなのだ。
どんなに、自分自身を情けなく思ったか。
近づいてくる二人。
やがて、若い男が、私が背もたれている壁から引き離し、押さえ込んだ。
全身が、震える。
着物の合わせをはだけられ、ひたり、と、もうひとりが、私の肩に手をかけた。
そうして、男は、私の首に、吸いついた。
ただ、私の血を、飲み続けるよりない、哀れな男が、私の首にかじりついてくる。皮膚を食い破られる痛み、血を啜られる、熱を奪われる、不快な感触。おぞけがたつほどの恐怖に囚われながら、振り払うすべすら、なかったのだ。
褐色のまなざしが、私を、見ていた。
ああ、無事だったのだ。
そう思うと、不思議とからだの震えが、おさまった。
とよてるに、こんな私を、見ていて欲しくなかった。
だから、
――見るな。
そう、告げようとした。
おろかにも、空気を震わせることすらできない喉で、くちびるで、そう、言った。
そうして、私の意識は、薄らいでいったのだ。
ぼんやりと、とよてるが差し出す水を、見ていた。
喉は、渇いていた。
かさかさに乾いたくちびるが、じんと熱を持っている。
差し出されている椀に、手を伸ばしたかった。しかし、血を啜られた後の、すざまじいまでの倦怠が、私を捉えて、放さない。
椀を受け取ることもできず、ただ、呆けたように、とよてるを見上げつづけていた。
口元に椀の淵をあてがわれたが、口を開くことさえ億劫だった。
「頼むから飲んでくれ」
辛そうな、とよてるの声に、口を開こうとしたが、乾ききったくちびるは、貼りついていた。
今にも泣き出しそうなとよてるを、慰めたくて、どうにかして飲みたかった。しかし、どうあがいても、くちびるひとつ開くことができなかったのだ。
すみません――――泣かないでください。
そう、心の中でつぶやいた時だった。
とよてるのくちびるが、私のくちびるに触れた。
とよてるの送り込もうとする清水が、くちびるの乾きを解きほぐし、じわりと開いたあわいから、水がしみこんでくる。
その、水の味を、私は、おそらく、忘れることはないだろう。
私の渇きを、真から溶かしてくれそうな、なによりも甘い、水の味だった。
甘露というのは、こういうのを言うのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は、倦怠の淵へと沈み込んでいったのだった。
目覚めは、あたたかかった。
男たちが私の血を啜った後の目覚めは、いつも寒く震えが止まらなかった。しかし、今回の目覚めは、違っていた。
とよてるの髪の毛が、私の鼻先を、くすぐる。
私を抱きしめ、とよてるは、眠っていた。
―――あなたのおかげなのですね。
とても、嬉しくて、私は、とよてるが目覚めるまで、ただ、彼を見つめつづけていた。
その日から、私は、少しずつ、からだを動かすように努めた。
無様な自分が、あまりにもとよてるの負担になるような気がしてならなかったのだ。
今の私には、とよてるに何も与えることはできない。
それどころか、どれほど私が感謝しているのか、告げることすらできないのだ。
私は、ただ、彼のためだけに、これまでの無為を、恥じた。
そんな私を、とよてるは喜んでくれた。
私の手や足の強張りをほぐそうと、さすってくれた。
そうして、ある日、
「そうだ!」
と、満面の笑顔で、私の顔をのぞきこんできた。
まだ、私の喉は音をうまく紡ぐことができなかったが、首をかしげるだけでどうしたんだろうということくらいなら簡単に伝わる。
「竜。竜って、なんか呼びにくいしさ、名前をつけても、いいかな?」
本当の名前があるんなら、そっちを教えてくれる?
褐色のまなざしが、きらきらと、輝いていた。
本当の名前など、疾うに、忘れて久しい。あったのかどうかも、実を言えば、定かではない。
だから、私は、とよてるを指差して、首を縦に振ったのだ。
そうして、とよてるが私に与えてくれたのは、遙という、名前だった。
いずれの日にか囚われの身から解放されるように――そんな願いを込めたのだと、恥ずかしそうに、頭を掻いた。
だから、その日から、私は、遙という存在になったのである。
三年が過ぎた。
三年の間に、私は、若槻都斎輝に関するさまざまなことを、知った。
たとえば彼が隣国の人質であることや、隣国には彼の伯父兼養い親である城主夫妻、そうして、彼がこちらに人質になった後、二年ばかり前に彼の従妹がうまれたこと。
そうして、彼の嗜好――食べ物は、甘いものは好きだが、野菜の類はあまり得てないことや、あまり着るものには拘らないこと、眠ることが好きなことを、知った。実は恐がりなこととか、明るくて押しに弱く、なによりもやさしい性格を、知った。
ぽちゃぽちゃしていたからだの線が、この三年ですんなりと伸びた。あまり外に出る機会がないせいで、肌の色が白くなり、肩甲骨の下まで長くなった髪を、いつも同じ赤い組紐でひとつに括っている。
後頭部でひとつに束ねられている髪が揺れるのを見るのが、私は好きだった。にっこりと楽しそうな、にへらと照れくさそうな笑顔を見ることがなによりの楽しみだった。
苦しいのは、辛いのは、私のために彼の顔が、曇ることだ。ゆがみ、褐色の大きな瞳に、じわりと涙がにじむ。それが、すべて、私のせいだということを知ればこそ、胸が潰されるほど、痛んだ。
私の首を裂く、城主の犬歯の鋭さなど、傷口をつつく舌のぬめりなど、血を啜られると同時に熱が奪われてゆくことなど、彼のあのまなざしの前には、なにほどの苦痛でありはしない。
せめて、彼に、私のさまを見せたくなくて、城主の気配を感じれば、衝立の奥に隠れているように、約束させた。
もっとも、彼は、なにが行われているかを知っているから、私の気休めにしか過ぎないのだと私にもわかってはいた。それでも、せずにいられなかったのだ。
そんな夜、城主たちの姿が天守から消えた後、彼は私を抱きしめて眠ってくれた。
しかし、それは、最初の間だけ。
彼の匂いがぬくもりが、鼓動が、私をひどく安心させてくれるのだ。言葉を取り戻した私がはじめて彼に言ったのは、そんなひとことだった。たどたどしい私の言葉に、しばらく後頭部を掻いていた彼は、その夜から、毎晩、私を抱きしめて眠ってくれるようになった。
彼に包まれて眠ることが、どれほどの至福なのか、彼は、知らない。
動くに支障ないほどになった手で彼を掻き抱きたい衝動を毎晩私が堪えていることを、彼は、夢にも思わないに違いない。
私などが―――彼を、自分のものになどできるはずがないではないか。
自虐的に我が身を振り返りながら、私は、彼の寝顔をいつまでも見つめつづける。
それが、私の、就眠儀式だった。
よくも、私の現状を三年間も知られずに済んだと、今になって、感心する。
番人である都斎輝に、すべてをまかせっきりだったからだろう。
彼らがおとなうのは、いつも、夜。十日ごとの、深夜の儀式。深夜にふさわしい、吸血の、儀式である。
どんと荒々しく置かれた、水と蜜の入った器。
「食え」
とげとげしい声が、降ってきた。
都斎輝――――
都斎輝に会いたい。
私のもとから彼の姿が消えて、既に、九日になっていた。突然の喪失に、私は、何もできなかった。
あの日、着衣を乱して天守に戻ってきた彼を思い出す。城主が彼に手を伸ばしたのに違いない。
それを思えば、じりじりと、胸が焦げる思いがする。
無事でいるだろうか。
今宵、また、彼らがやってくる。
しかし、都斎輝はいないのだ。
私を抱きしめてくれる、あの腕も、ぬくもりも、吐息すら、感じられない。
食べなければ。
せっかく、都斎輝が、私の声も動きも取り戻してくれたというのに、また再び元の木阿弥では、申し訳なさすぎる。
からだがふらつくのは視界がかすむのは、都斎輝が天守から連れ出されてこのかた、眠っていないからにほかならない。
―――眠れない。
せめて夢でなりと彼に会いたいという願いすら、叶わない。
今度の番人がたてる、うるさいほどのいびきを聞きながら、暗闇の中、私は、ただ、闇を見つめて朝を迎える。
―――食べなければ。
―――力をつけておかなければ。
今宵は、彼らが私の血を求めてここまで上ってくる。
都斎輝―――
私の中で、ひとつの決意が、ゆるやかに、形をとろうとしていた。