就眠儀式  4 




その三 都斎輝


 久住の手が、オレの手を掴んだ。
 忘れていたつもりはないのだが、遙のことばかりが気にかかって、対策を考えていなかった。結果的に忘れていたのと同じことだ。
 何?
 久住に押し倒されかけたことだ。
 そりゃあ、まぁ、オレだって一応武士だし。男同士でするそういうことが、ある種の嗜みだってことくらいは、知ってる。けど、これまで一度も戦に出たことがないわけで、ずっと天守で仕事してたオレは、それに関する作法やもろもろなんか、学ぶひまも、機会もなかった。
 当然、心の準備もないわけで………。
 小姓たちの控えの部屋から柏木に呼び出されて案内されたのは、久住の部屋で、厭な予感がした。
 したからといって逃げるわけにはいかないのが城勤めの辛いところなのだろう。ただの城勤めですらそうなのだから、人質であるオレに、拒否権などもとよりない。
 この間は、遙に関するどさくさで、お咎めなしだったが、今回も同様ってわけにはいかないんだろう。
 この辺で、腹を括らんといかんのだろうなぁ。
 久住の手が着物の袖口からするりと入り込んで、オレの腕を撫で上げる。ぞわりと、背中を走り抜けたのは………どう分析してみても、快感なんかじゃなかった。
 男にというか、久住にこんなことされるっていうのが、厭なんだけど。
 だって、久住のこと、オレは、好きじゃない。好きになれない。こういう感情など、邪魔なだけだろうけど、やっぱり、さ、そういうことするなら、せめて、最低限は、好きなヤツとしたほうが、気分的に違うんじゃないかなぁと、思うわけで。
 好きなヤツ………いないよなぁ。
 そう思った瞬間、頭の中に浮かんだのは、遙の白い顔だった。
「うわっ」
 思わずのけぞったのは、他意があったわけじゃない。
 あまりにも思いがけなかったことに、自分でびっくりしてしまっただけで……。
 気がつけば、久住の手を振り払っているオレがいた。
 気まずい沈黙に、どうすればいいんだろうとか、はやく謝んないととか、怒ってるんだろうかとか、思考がぐるぐるとまわっていた。
「あ……と、すみま…………っ」
 とりあえず謝らないとという選択肢を選んだオレが、最後まで言葉を口にするより早く、久住が、オレの着物に手をかけた。
 無言のままの行為に、気まずさなんか吹き飛んだ。
 恐い。
 正直なところ、それだけしか、頭になかった。
 だから、オレは、無様にも――いや、多分、知らないが、作法的にはそうなるかもしれない――久住の腹を、蹴たぐってしまっていたのだ。



 あまりに予想外の行動だったのだろう。
 グゥと、呻きをあげて、久住がうずくまる。
 とっさの行動だったが、オレの背中に、冷たい脂汗が滴りながれた。
 やばい。
 最悪。
 どうしよう。
 たかが、閨房(けいぼう)でのことと、笑って許してくれないだろう………か。
 多分、もう、取り繕えないんだろうなぁ。――なんとなく他人事のように考えているオレがいた。
 こんなことで自国に破滅を招くなんて、すっごい間抜けだ。けど、やってしまったあとに、なかったことには、できない。
 ゴメン―――隣国の家族に謝る。
 オレのせいで、戦が起きるかもしれない。久住に攻め入られては、それでおしまいだ。
 ゴメン。
 伯父や伯母、それに、まだ顔も見たことのない従妹に、謝る。
 ゴメン。
 一族郎党、それに、領民たちに謝る。
 本当に、ごめんな――――。
 ここまで最悪の事態を引き起こせば、後はなにをしても同じかもしれない。
 久住は、まだ、うずくまったままだ。
 そうだ、なにをしても、同じだ。
 なら、どさくさに紛れて、探してしまおう。
 とっとと、探して、奪ってしまおう。
 ここでもたもたしていては、柏木がくる。そうなってからでは、遅すぎる。

 家族たちの顔を振り切り、オレは、家捜しをはじめた。
 あってくれと、心の中で願いながら、あちらこちらを引っくり返す。
 そうして、物は見つかった。
 遙を縛めている枷や鎖と揃いだとすぐにわかる鍵は、久住の枕の小引き出しから転がり出てきた。
「うわっ」
 鍵を懐に仕舞おうとして、手首をつかまれた。
 うずくまって震えていた久住が、オレの手をぎりぎりと締め上げる。
 なんか変だ―――そう思った。
 よく考えれば、オレが蹴たぐったくらいで、久住が、こんなに弱るとは思えない。
 青ざめた顔が、のっぺりとした顔の中、細い目が、爛々と光って、オレを見上げていた。
「は、はなせっ」
 必死になって、オレは、久住の手を、振り払った。
 そうして、後も見ずに、庭にまろび出たのだ。
 追いすがろうとする声、もしくは、オレを留めようとする声が聞こえたような気がしたが、オレは、走った。

 その時、オレの頭の中には、ただ、遙の白い顔だけが、浮かんでいたのだ。


その四 遙


 息せき切って駆け込んできた都斎輝に、声もなかった。
 私は、ただ、彼を見つめていた。
 彼が、ここから連れ出されて九日目。久しぶりの都斎輝の姿は、あまりといえば、あまりなものだった。

 乱れた着衣、荒い息。

 なにがあったのか、判るような気がした。

 久住―――ですね。
 ふつりと、憎悪が胸の奥底から湧き上がる。
 都斎輝は、このxxxxの、もの――――――。
 憎悪と共に、脳裏にこだまするのは、不思議なほどの独占欲。
 都斎輝は、私のものなのだと。
 手を出すことなど、誰であれ、許しはしない。
 私のどこに、そんな気概が残っていたのか。それは、私の体内で、煮えたぎる。
 手を都斎輝に伸ばそうとして、じゃらりと鎖が音をたてた。
 ――――煩わしい。
 おもわず鎖を手で引っ張っていた。もちろん、それくらいで、千切れることなどない。
 私の血を練りこむなどという、賢しらな呪を施してある、鎖と枷だった。
 鍵がなければ、血の主である私から、これらが離れることはない。
 居場所を移るたび、だからこそ、鎖と枷と鍵とは、いつも、私から、離れることはなかった。

「遙っ」
 都斎輝の声は、切羽詰っている。
「手、手を出せって」
 都斎輝が懐から取り出したのは―――間違いなく、私をこの縛めから解き放つ、唯一の鍵だった。

 
 下から、声が、罵声が、聞こえてくる。

 落とし戸は、閉て切られている。
 それでも、近づいてくる気配に、そんなに時間がないだろうと、知れる。
 私は、都斎輝に、手を、差し出した。


 カチャリ―――
 軽い音を立てて、鍵が、縛めを解放してゆく。
 手が、足が、軽い。
 いったい、どれほどぶりの、自由だろう。
「遙、立てれるか?」
 心配そうな都斎輝の声に、私は、口角をもたげることで、返事に変えた。
 差し出される手に、手を重ねた。
 久しぶりに感じる都斎輝の熱に、私のからだが、震えた。
「都斎輝」
 ありがとうと、口にしようとした刹那だった。
 無粋な気をまとって、男たちが、入り込んできた。
 都斎輝が、私の前に、立ちはだかる。
 小刻みに震える都斎輝に、愛しさがこみあげてくる。
 こんな場面で、都斎輝が私を守ろうとしてくれる。それが、どうしようもないほどの感動を、私に覚えさせたのだ。




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